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対称性の自発的破れ

$T<T_c$ では、$M=0$ 以外にもEq. (50) を満たす解が存在することをみた。 実際には、どの解が実現するのか。 十分低温の場合には、系のエネルギーが最低になるのは すべてのスピンが揃った場合であるので、 $M=0$ の解は安定とは思われない。 一方、分配関数の定義(3)を思い出すと、 系の最低のエネルギーを持つ状態、$S=1,-1$の状態が 等しい重みで足し合わされるべきであると考えられる。 このことは、有限系の場合には正しいが、 熱力学極限では注意が必要である。

全てのスピンが上向きの状態を$A$、下向きの状態を$B$とする。 $H=0$ では、系のHamiltonian $H[\{S_i\};H]$ は スピン自由度の変換 $S_i\rightarrow -S_i$ (for all $i$) について対称である。 従ってもちろん、$A$$B$のBoltzmannウェイトは等しい。

この2つの状態のBoltzmannウェイトの比を考える。 今微小な外場$H>0$を入れると、

\begin{displaymath}
\frac{P_A}{P_B}
= \frac{ e^{-\beta(-HNM)} }{ e^{-\beta(-HNM)} }
= e^{-2\beta(-HNM)}
\end{displaymath} (53)

$N$は系のスピン自由度数。 ここで熱力学極限 $N\rightarrow \infty$を取ると、
\begin{displaymath}
\frac{P_B}{P_A} \rightarrow 0
\end{displaymath} (54)

逆に$H<0$とすれば$P_A/P_A$がゼロになる。 即ち、微小な外場を導入し、熱力学極限を取った後で $H\rightarrow 0$とすると、基底状態の2つの状態の 現れる確率は片方がゼロとなる。 一方で有限系の場合には、$H=0$では状態$A$$B$は同じ ウェイトで分配関数に寄与するため、磁化 $M$はゼロとなる。 従って、外場 $H\rightarrow 0$の極限と、熱力学極限 $N\rightarrow \infty$は交換しない。

系に自発磁化があった場合、この磁化は外場同様、 系のスピンの向きを固定する効果がある。 熱力学極限では従って、一度どちらかの状態となっている 系に対して、 $S_i\rightarrow -S_i$の系は出現確率は ゼロとなる。 このように、Hamiltonian のレベルでは対称な状態が、 統計力学的に非対称に現れるような現象を、 対称性の自発的破れ(spontaneous symmetry breaking) とよぶ。

状態$A$が実現されているとき、状態$B$が現れないことは、 次のように理解できる。 系の全てのスピンが上を向いた状態から、下を向いた状態へ 移行するためには、ある領域で下を向いたスピンが生じ、 その領域が広がってゆくことが必要である。 系のエネルギーを増加させているのは、この領域の表面の、 スピンが反並行になっている部分である。 2次元系の場合には、下向きスピン領域の表面(周長) が広がってゆく必要があるが、無限系の場合には このエネルギーが無限大とならなければ全てのスピンが 下向きの状態への遷移が起こらないことになる。

1次元系では状況は異なる。 上向きスピン領域と下向きスピン領域の表面は常に ひとつの反並行スピン・ペアとなる。 周期的境界条件の場合には、これが2箇所存在する。 従って、系のエネルギーをそれ以上増加させることなく、 スピンが逆向きの領域が広がってゆくことが出来る。 この効果のため、有限の温度では、対称性の自発的破れは 起こらない。



Hideo Matsufuru 2006-06-16